
今回は、「子育て環境」についてやっていきますが、結論をいうと「地獄」です。
社会そのものが「終わっている」、人々の心がすさんでいる象徴的なテーマです。
そして、今の大人は全員、人格障害です。
ワイのブログの読者層は独身男性が多いと思われますが、
そういった方も是非一度目を通しておきたい記事になっております。
統計で考察
統計というのは、あくまでも数値にしかすぎなくて、その社会的背景を多角的視点ではみることができないのですが、最低限、参考にはしたいところです。
子供の人口割合は極端に減ってるんで
それで昨今の少年犯罪の事件件数や児童虐待件数がそれに相関して減っていなければ、
この社会は改善されつつあると初めて認識していいでしょう。
少年犯罪
1980年代のニューアカデミズムの勢いに乗っておたく批判や消費社会世代批判などの若者に批判的な言説が流行してきており、1990年代になると若者をダシにして社会を語る「俗流若者論」が流行、若者の異常性がことさら強調される風潮ができていた[12]。
そんな中、1997年に神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)が発生する。これ以降の少年犯罪過熱報道の影響により、「少年犯罪は増えて凶悪化している」「現代の少年はキレやすく、ちょっとしたことに我慢ができず、重大事件を起こす」「欧米のようにVチップを導入しテレビ番組を規制すべき」などとして、少年犯罪の増加・凶悪化がマスコミ等において主張されたことがある。しかし実際には「少年犯罪が増加、凶悪化しているとは一概に言えない」ことは碓井真史(新潟青陵大学教授)らから指摘されていた。
『Q&A犯罪白書入門'98』(1998年、法務省法務総合研究所刑事政策研究会)においても、「長期間にわたっておおむね減少ないし横ばいの傾向が続いており、近年の数値も、ピーク時と比較すれば低い水準にあると言えます。」としている。また、「昭和30年代後半以降の増加は、交通関係業過によるところが大きい」という(平成9年版 犯罪白書、p. 113)。
また、「殺人等の凶悪な犯罪を犯した少年の予後(再犯率など)」は、「凶悪事犯で保護処分になった者の予後は、その他のものと比較して概して悪くないといえます」としている(前掲『Q&A犯罪白書入門'98』のQ52)。また、保護処分ではないが、凶悪犯罪を犯した少年院出院者の再犯率は窃盗及び粗暴犯罪を犯した少年院出院者より刑事処分を受けた者の割合は低く、実刑になった者の割合も顕著に低い。また、凶悪犯罪を犯した少年院出院者が再び凶悪犯罪を犯した者の割合は、約2.3%(87人中2人)であった。
刑法犯検挙は、人数、比率ともに1998年時点で減少傾向で、殺人、放火、強姦などが特に減少しているが、「1995年(平成7年)になって傷害致死や強盗傷人の非行が目立っている。」
引用wiki
https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/syonen/pdf_r6_syonenhikoujyokyo.pdf
検挙人数はコロナ前と比較すると、微減ですが、微増という形で
そんなに検挙数の増減に大きな差はありません。
これは、警察の検挙する能力が著しく落ちている説が第一です。
犯罪の種類に関しては、闇バイトだったりその時の少年を利用する方法によって違いますので、種類の変化に関しては一概には言えません。
2025/5/13 千葉市の中学3年の男子生徒が12日、84歳の女性を路上で殺害
令和元年における少年による刑法犯の検挙人員 殺人52件、強盗273件、放火60、強制性交170件
となっています。
増減変わらないのは、殺人以外に関しては警察の操作能力が落ちているため、氷山の一角であり信憑性が高いわけではないんですけど
殺人強盗などの凶悪犯罪系は昭和50年から横ばい
昭和の時代による凶悪少年犯罪は18~19歳の年長の犯罪が多く、昭和50年以降は16~19歳の差は開きはなくなりました。
昭和26年にピークのある第一の波は、戦後の混乱と貧困によるもののほか、少年法改正により、少年年齢が旧少年法では18歳未満であったのを、 新たな少年法では20歳未満に引き上げられ、実際に引き上げられたのが26年であったことによるものと思われます。 第二の波は、戦後の第一次ベビーブーム生まれ(いわゆる団塊の世代)が少年となった時期であり、 第三の波は、団塊の世代が結婚して第二次ベビーブーム生まれ(いわゆる団塊ジュニア世代)が少年となった時期で、 いずれも少年人口が膨張したために少年犯罪が増加したものです。第三の波が去った後は、少年犯罪は減少の一途をたどっていくはずでしたが、 平成9年には増加に転じています。
少子化を考えると、減らなきゃおかしいのですが、増加と横ばいです。
割合は増加しているといえます。
教育格差問題
データで見る教育格差。子どもの貧困問題がますます深刻化している実状とは
GHQ洗脳教育をしっかり受けている子供とそうでない子供に格差が生じているわけで、
9人に1人の子供が相対的貧困状態にあるとなっています。
「ひとり親世帯」は「核家族世帯」よりも収入、それに離婚や両親の不仲による心的障害を抱える子供の割合が大きくなるでしょう。
そりゃ円満に離婚したり、ワイの偏見で物申すならそういったケースは「少数」。
離婚の原因ランキング 1位はやはり? よくある離婚理由を弁護士が解説 | 離婚のカタチ
離婚した後元夫がしっかり養育費を払っているとかいうケースもあったり統計だけで画一的な結論は出しにくい所ですが、
親権を持たない男性の約5割が「養育費を満額支払っていない」と判明!|ベンナビ離婚(旧:離婚弁護士ナビ)
離婚したケースで養育費を満額払っている元旦那は5割
「片親世帯」の収入状況は、「核家族世帯」より厳しいと言わざるを得ないでしょう。
「それでも、うちは子供をしっかり育てた」と当事者がそれぞれキレるのは置いといて、事実としては、育児の環境は親や子供を「孤立化」させている傾向にあるのは間違いないです。
こんな遠回しに言わなくても、収入格差があって、二極化している傾向にあるのは、予想はできますが。
児童虐待件数
児童虐待相談対応件数、令和5年で過去最高です。
約22万件
いくらなんでも、この数字は誤魔化せないと思います。
傾向としては、「ネグレクト」「心理的虐待」「身体的虐待」「性的虐待」と多岐にわたります。
「食事を出さない」とか「無視する」とかそういった感じですね。
んで、わざわざ児童相談所に連絡は言っているんですからね。
これに子供に与える影響を想像すると、深刻極まりないでしょう。
検索すれば色んなサイトが出てきますが、昨今のサイトは怪しい所があります。
個人的に児童養護施設に働く職員の直接的な声らしきものが一つの視点として信ぴょう性があるのでこれを紹介します。
↑のnoteを読んでみましょう。
学校や病院、警察から、「この子は虐待されている」と通報を受けると、児童相談所は24時間以内に子どもに会って安全を確認します。
虐待の事実があると、子どもを一時保護所に保護しますその場合、保護の理由は“被虐“となります。主訴、被虐です。
子どもが直接保護を求めることもありますし、保護者が相談することもあります。
また、子どもが親に暴力を振るったり、非行がひどい場合にも保護されることがあります。
その場合、主訴は、養育困難となります。親が養育するのが困難という意味です。
養育困難は、保護の原因が子どものような記述になっていますが、実際には幼少期に親から虐待を受けており、体が大きくなった思春期以降に暴力や非行で仕返ししている場合はほとんどです。
私は、それも大きな意味では被虐待だと思います。
また、性的な虐待は、児童相談所が保護した時に発覚していない場合もあり、入所してから職員と信頼関係が生まれて、はじめて性的虐待の事実を告白することがあります。最初に聞き取った内容だけがすべてではないのです。
そういう子どもたちが施設に来ますが、子どもたちは、自分を養育してくれるはずの保護者から虐待を受けて育ったわけです。
想像するのが難しいですが、本当に自分の力で生きて行くことができなかった小さい頃から、唯一の世界を作っている養育者から虐待を受けて育つのです。その、はかり知れないダメージを、私たちは想像しなければなりません。
そんな中、今日からお世話をする◯◯です、と突然現れた大人を、信用する方がおかしいです。
簡単に信用できない
最初に見た大人が、自分を殴るのか殴らないのか、子どもたちにはわかりません。
だって、一番殴ってはいけない人に殴られてきたのですから。
大人が殴らないのかどうか、手っ取り早く確認する方法があります。
怒らせることです。
怒っても殴らなければ、ほんの少しだけ安心します。
ほんの少しの安心を積み上げて、時間をかけて「この人は殴らない」と思い始めます。
殴られないとわかっても、子どもたちの困り感はそれだけではありません。
自分の気持ちを聞き取ってもらった経験が乏しいので、怒りや悲しみ、イライラや不安、そういった細かい感情の違いはわからず、全部、「ムカつく」と表現します。
本当はムカつきの中に、不安や悲しみ、孤独感や虚無感など、いろいろな感情が隠れていますが、「ムカつく」しか言えません。
しかも、ムカつく、の対処法は悪態をつく、暴れる、暴力を振るう、などの攻撃パターンになることが多く、職員はその対応を求められます。
その過程で、子どもも困っているのですが、対応する職員も困ります。
殴らないとわかったところで、子どもたちは自分の行動が抑制できず、その結果周りの人から疎んじられ、自信を失います。
「どうせ自分のことなんか、誰も大事にしてくれない。」
となるのです。
大人が殴らないのは確認できます。でも、大人が本当に自分のことを大事に思っているかどうか、子どもは確認できません。親に大事にされて育った人なら、親が自分のことを大事に思っていることは疑いません。そういう感覚は、時間をかけて培われていくものです。理屈じゃないのです。
最初に出会った親から大事にされていなければ、人を信用するのに勇気が必要です。その勇気は、私たちの想像を絶する恐怖に打ち勝たない出せません。
大事にされればされるほど、子どもたちは揺れます。信用していいのか、やっぱり傷つくことになるのか、それこそ、口には出せない不安を抱えます。
大事にされて、相手を信用して、もしまた捨てられたら、自分はもう立ち直れない。そういう気持ちが信用することにブレーキをかけるのです。
不適切な養育環境で生き延びるために、子どもたちは色んな“生きる技術“を身につけています。
例えばこんなことです。。。
・殴られる前に殴る
・注意されないように嘘をつく
・相手より少しでも優位に立つために威圧する
・大人の顔色をうかがう
・感情のコントロールの仕方を知らない。
そういう子どもたちを相手にするので、一般的なコミュニケーションが通用しません。
朝、「おはよう」と声をかけても無視する子もいます。
お風呂に入る時間になってもまったく動かない子もいます。
学校に行くことができずにずっと部屋から出てこない子もいます。
気に入らないことがあると、殴りかかってくる子もいます。
一般家庭で親に大事にされて育てられ、普通に大学に行って普通に就職する人たちがとる普通のコミュニケーションが、虐待を受けて育った子には通用しません。
殴ってはいけないと伝えても、殴ってしまう衝動は抑えられません。
殴られて育てられた3倍の時間を、殴らずに育てなければなりません。
こちらが殴らないように育てようと思っても、子どもは大人は殴るものだと思っていますので、殴らせようとしてきます。
その方が、「やっぱりね。」と思って安心できるからです。
私も経験がありますが、こちらが本気で叱っているのに、笑って聞く子がいます。「なに怒ってんのこいつ。ウケる。」と言われたこともあります。
こちらが逆上するようなセリフは、湯水のように出てきます。「あ、これ以上関わったら殴ってしまうな。」と思ってその場を去ったこともあります。そうやって自分のことも、子どものことも守るのです。
子どもにいくら煽られても拳を振り下ろさないでいられるか、そこが大切です。
「この子は、こうやって育てられてきたんだから仕方ない。」と思わなければならないのです。
長く一緒に生活している職員であればあるほど、そうしたことが我慢できなくなってくるので要注意です。
児童養護施設で働くこと
私は、児童養護施設職員は、覚悟の仕事だと思っています。
子どもたちがどのような人生を歩むのか、決して私たちが決めることはできません。
虐待を受けて児童養護施設に入所してきた子どもたちが、施設にいる間にその傷を癒やし、社会性を身につけ、社会人として立派に世に出ていく。そういう未来を得られる子は、私の肌感では全体の3割程度です。
それ以外の子は、3割は連絡が途絶え、3割は仕事を辞めて路頭に迷います。自分の愛した子がそうなることを、私たちは見守らなければなりません。
このように、児童養護施設という仕事の過酷さが文面でもひしひし伝わります。
児童養護施設の職員には公立と私立があります。
児童相談所はクソ
児童相談所の職員は全然違います。
児童相談所の職員は「地方公務員」です。
役人というのは「安定」と「肩書」を元に、面接官にウソの情熱を伝えて、ここにしがみついていれば将来安泰だと考えている連中がほとんどです。
こんな輩がたまたま児童相談所に配属されて、その配属先に数年たったら、おさらば。
建前上は事務的な対応をすれば問題ないことになるわけですから、
子供が「大人は信用できない」となるのは当然です。
虐待を受けた子供を対応にするには、並々ならぬそれ相応の覚悟が必要になります。
その覚悟は当然ありませんので、「まともに取り合ってたら鬱になるぜ」と職場内でそういった仕事のアドバイスをもらいながら、子供と距離を置きながら事務的な対応をする。
当ブログでは過去一応、こういったテーマは取り扱っています。
【閲覧注意】親ガチャに失敗した最貧困の少年たち ~犯罪は「万引き」から~ - 働いたら負け
【閲覧注意】「ひげひろ」もっとエグイ内容に出来なかったのかと思って調べてたら、旭川女子中学生いじめ事件の構造にたどり着いた件【最貧困女子】 - 働いたら負け
というわけで、まとめますと
・虐待を受けた子供とそうではない子供の環境が極端に二分化している
・少子化なのに、児童相談所の相談件数は増加、少年犯罪件数横這い
結論、社会は、悪化していて、改善もされていない。
これは、現状の資本主義経済や社会に甘んじた私たち全体の責任問題となります。
1985年生まれ以降は、心が育っていない世代
1997年に長野県の小学校において男子119名、女子119名の計238名と東京西部の4つの市の4つの小学校において、各学年1クラスずつ、全学年で男子89名、女子88名、計177名の小学生を対象として、S-HTPを当時臨床心理士の水上直子氏が行いました。
各学年ともに授業時間を2時間ずつ貰い、絵を描いてもらっただけでなく、描いた画の質問も個別に行っていきます。
その結果を、かつて、1981年に同じ描画テストを行った長野県の小学生、各1クラスずつ、全学年計242名の結果と比較した結果です。




画像は水上直子による描画テストによるものです。
描画テストの利点は、言葉にはなりにくい心の奥にあるものが直接表現されやすく、専門家でなくても理解しやすいという点にあります。
絵の主な特徴における心理
・攻撃的・破壊的な絵の増加:攻撃性や欲求のコントロール力が育っていない
・非現実的な表現の増加:現実感が育っていない
・問題の多様化・両極化:バランスのいい「普通の子供」が少なくなった
・小さく、暖かみのない「家」:心のよりどころがなくなった
・棒人間など簡略化した人間像の増加:自己や他者への実感が希薄になった
・高学年での発達の停滞:心が育っていない
まず特徴的なのは、子供の絵が全体的に現実感が乏しくなってしまったことです。
80年前後に幼稚園から大学生までの絵をとっていた印象では、問題のある絵はせいぜい全体の1、2割でしたが、1997年では問題のある絵の方がはるかに多くなったそうです。
しかも、個人差が非常に大きくなっており、示されている問題もバラバラでした。
1997年当時の結果では、同じ学年でもまったくまちまちな絵が描かれており学年の見当がつかなくなり、さらに攻撃的な絵がある一方で、小さく縮こまった絵もありますし、まったく統制を失った絵がある一方で、過度に几帳面に描かれた絵があります。
その当時、先生の方から「もはや、青信号の子はほとんどいない。赤信号でなくても、せいぜい黄信号だ」という話があり、この調査結果はそれを裏付けるような結果でした。
男子の絵はそれぞれかなり個性的ですが、その分、安定欠ける絵が多かったのにたいし、女子の絵は平凡で型にはまっている絵が多いけれども、全体的に安定感があるという印象が、女子の絵を男子の絵として間違って分類したものが何枚か出てきました。
たとえば、街の俯瞰図を描く女の子はこれまでいなかったのです。
東京都教育庁の先生のお話では「かつてのクラスでも問題のある男子生徒は何人かいたけれど、それを受け止めて、なんとかなだめたり、間に割って入ったり、先生に知らせてくれたりするような、安定した女の子の集団があった。しかし、もはや女子自体が不安定になって、そういう役割を期待できる子がいなくなってしまった」ということでした。
また男子の中には衝動性や破壊性が全面開花してしまっている絵なども出てきています。
それから2025年現在、このような実験的なものがあるのかは調べていませんが、
虐待件数などをみるに、悪化していると考えると子供の「心」の問題というのは非常に恐ろしいと感じますし、
そもそも、1997年小学6年生ってことは、1985年生まれ以降の人はほぼ全員「心」に欠陥があると思ってよろしいのではないでしょうか。
小学生の頃、「絵」を描いたと思いますけど、皆さん、どのような感じを絵を描いていたでしょうか。
心が育たなくなった時代背景
これは、1960年代に入ってから高度経済成長が本格化したなかで生まれ育ってきた人々が、ぞくぞくと入社し、また、結婚して家庭を持ち始めたころからはじまった現象です。
今回の調査対象となったこどもたちは、そういういわば「新人類」と呼ばれた親の元で育ってきた子供が多くなっているようですから、これまで見てきた子供の変化が何故起こったのかを考えるために、親の世代にどのような異変が起こっているのかを詳しく見ておく必要があります。
エリート・サラリーマンの心身症

↑の絵は、抑うつ状態で神経科を受信した24歳の男性社員が描いたもので、この男性は有名大学理工学部を卒業して入社後2年間くらいはとても明朗・活発で、宴会の世話係など積極的に引き受けるなど、むしろとても有能に見えていたそうですが、3年目になって新たに任された仕事がだんだんと負担となり、朝起きると吐き気やめまいがして、だんだん出社するのが怖くなてしまいました。
そうすると、同僚ともうまく話が出来なくなって、しだいに欠勤がちとなり、最終的に上司に伴われて神経科を受信しました。
その上司の話では、ほかにも同じような新入社員が増えているとのことで、彼はそういうなかではまだ覇気のあるほうだったので期待しすぎたかもしれない、ということでした。
しかし、この絵を見るならば、たしかに会社の中で人と協調しながら柔軟に仕事をこなしていくのは、とてもむずかしいであろうことが充分に推察されます。
このケースと同じように、入社するまではエリートコースを歩んできたけれど、研修期間が終わって一人前に働かなければならなくなったときや、部下ができてそれなりの指導性を発揮しなければならなくなったときに、さまざまな心身症が生じて会社を休みがちになってしまう人が1980年代半ばから目立つようになっていたのです。
一般的に、知的な能力の高い人はほかの人格的要素も豊かに備わっていて、トータルとして有能な人物であるとみなされる傾向があり、実際、知的な能力が高い場合、それなりに豊かな絵を描く人が多かったのです。
だからこそ、学歴社会が成り立っていたのでしょう。
しかし、1980年代半ばごろから、むしろ逆転現象が起こって、学歴の高い人ほど貧困な絵を描くというケースが、みられるようになりました。
1950年だ真では、全体的にまだ戦後の貧しい状況が続いていて、家庭教師がついたり塾に通うというのは、ごく特殊な家の子供にかぎられており、みんなが同じように遊びまわり、家の手伝いをしている中で、たまたま頭のいい子が成績が良く級長などもまかされていた、という状況でした。
ところが、1960年代に入りますと、日本の高度経済成長が軌道に乗り始めて社会全体が豊かになり、電化製品などの普及によって母親の家事労働は軽減されて、時間的余裕もできました。
しかも、少子化傾向がこの頃からはじまり、それに教育産業の興隆が加わって「教育ママ」という言葉がはやり始めました。
つまり「子供は少なく生んで、たっぷりお金をかけて育てる」という傾向がこのころからはじまり、子供を一流大学に入学させるべく、教育熱心な母親がつきっきりで勉強させたり、塾や進学教室に通わせたりという状況が生まれてきました。
そのように塾や習い事に終われて、あまり友達との付き合いがなく、EQを豊かに育てる機会をもたなかった人々が、80年代半ばに会社に入り、90年代になって親になり始めたというわけです。
この時代のもう一つの大きな変化は、オールドメディアプロパガンダであるTVの普及もあるでしょう。
1962年は本格的にTVの時代で、60年代以降に生まれた人達はものごころがついたときにはテレビが身近にある生活を送って来たということになります。
50年代までのこどもたちは、外でどんなにいじめられたり、みそっかすにされたりしようとも、外で遊ぶしか楽しみがなかったので、それにめげずに毎日外に出て遊ぶことによって、自然に心身共に鍛えられてきました。
たとえば、絵24を描いた26歳の男性社員には、外で友達と遊んだという記憶がありません。
とくに幼稚園や小学生の時は、お母さんがいる居間で、ゴロゴロしながらずっとテレビをみているか、あるいは絵画教室や学習塾などに通わされていた、という記憶しかないのです。
企業で見られるような人々の特徴をまとめるならば「ロボット症候群」として次のような傾向がみられます
・知的レベルは高く、一流大学を出て、一流企業に入社した、エリートサラリーマンに多く見られる
・生育した家庭の特徴としては、父親不在、母子密着の状態で育ってきた人が多い。それゆえ、強度の「マザコン状態」をいまだに脱していない
・常にロボットのように、ボタンを押す人、具体的な指示を与える人を要する
・したがって、指示されないことを、自発的に行うのは苦手である。また、ものごとに主体的、能動的に関わることも苦手である
・他者との深いかかわりを経験していないので、相手の気持ちを察することができない
・感情表現が乏しく、何を感じ、何を考えているのかが掴みがたい
・母親から勉強以外のことは、すべてめんどうをみてもらっていたので、生活における自立がまったくできておらず、基本的に依存的、自己中心的である
・結婚生活においては、妻と対等に向き合うことができない。めんどうなことからは、常に逃げ腰である
・子供に対しては、概して無関心であることが多い
以上のような問題があるために、結局離婚に至るようなケースも多くありました。
マニュアル育児の女性
このような問題は女性のほうにも多少異なった形で現れました。
その一つは「マニュアル育児」と呼ばれる現象です。
子供に対して、育児書通りに育てようとして、そこから多少でもずれると過度に不安になってしまうという問題が生じています。
出産までは職場でそれなりの成果や評価が得られるような仕事をしていた人が増えているせいか、目に見えるものへのこだわりが強くなって、育児よりも舵にエネルギーを注ぐ人が多くなったのです。
たとえば、乳幼児がいるにもかかわらず、家の中はモデル・ルームのようにきれいに整頓されている、という家が増えました。
しかし、それは育児という面では危険な場合もあります。
たとえば、鏡に映った自分の姿としか遊ばない子供のお母さんは、家事を完ぺきにこなすことにかなり強い脅迫観念を持ったお母さんでした。
毎日、朝夕2回、家中掃除機をかけるのが日課でしたし、選択はシーツやバスタオルまで毎日洗わなければ気が済まない、食事は10種類のおかずを並べなければならない、というぐあいです。
これだけのことを毎日こなしていたら、とうてい、子供の足手などはしていられなくなるでしょう。
その結果、子供は一人で鏡に映る自分を相手に遊ぶしかなかったのです。
このお母さんには、家事を一生懸命すればするほど育児は手薄になりかねないのです。
こうした、育児よりも家事が中心になりがちな傾向とも関連しますが、90年代に入ってからお母さんが子供のペースに合わせるというより、自分のペースに子供を巻き込むようなお母さんが増え始めました。
たとえば、80年代のお母さんたちは、家の中がどんな状態であろうと、朝10時になると、子供を公園に連れて行って遊ばせたわけですが、最近は午前中には公園にほとんど人がいない、という状況になっています。
それは、大人が子供の生活時間を守るよりも、子供が大人の生活時間に合わせられて、夜更かし・朝寝坊になっていたり、あるいは、お母さんが家中をピカピカに磨き上げるまで、子供はテレビやビデオをみせられている、ということもあるようです。
こうしたことは母親講座などできになった傾向ですが、相談室での相談内容も90年代に入って急に次のようなものが多くなってきました
「子どもをかわいいと思えない」「子どもに虐待をしてしまいそう」という損段が多くなりました。
その場合、そのお母さん自身が母親から可愛がられたという経験がなく、自分のお母さんに対してあまりいい寛恕を持っていない、ということが多いようです。
また、結婚し、子供が生まれてなお、親との繋がりや葛藤を強く引きずっていて、「親の子供」のまま、なかなか「子どもの親」になれない、という問題も発生します。
その結果、夫婦のかかわりも、たがいに自立した大人として向き合うことができないまま、ほんのささいな衝突ですぐに親元に帰ってしまう、という離婚相談も増えたのでした。
母親たちの他者否定的傾向

↑上の画像は「エゴグラム」において、平成3~8年度の母親たちの自己と他者に対する基本的態度の変化を示したものです。
「エゴグラム」心理テストにおいて、注目すべき点は、他者に対して肯定的か否かというところで、平成3,4年までは他者否定型が3割程度であったのに対して、5年になると急に増え始め、この3年間は8割前後と、非常に増えているのです。
つまり、人に対して何らかの不満を持っていて、他者をありのままには受け入れがたい、今一つ、信頼して任せられないという人が増えている、ということです。
そういう人は、どこに行っても不満が生じてしまいますから、その結果、カウンセラーの間を転々としている、という人もいます。
相談室に来るお母さんたちは「自己否定・他者否定型」の人が多く、他人に対して否定的であるだけでなく、自分に対しても否定的であるために、そのぶん自分でもつらくなったり、あるいは子供に悪影響をおよぼしてしまうことを相談に来られることが多いようです。
しかし、「自己肯定・他者否定型」の人達は、常に自分は問題がなく、相手が間違っていると思っているのですから、自分の問題を考えたり、自分を変えるためにカウンセリングに来るということはほとんどないのです。
地域の母親講座では、エゴグラムをとったときにこのパターンが出ることが結構多くなっていますし、現場の先生方を悩ませているのもこのタイプのお母さんたちのようでいわゆる「モンスターペアレント」が出現した時代と一致します。
なにかちょっと子供のことで助言しても、すぐに「でも、私はこう思いますから」と突っぱねられてしまう、ということです。
以前は子供に何か問題が生じた場合に、母親が自分自身のかかわり方の反省を含めて、解決に向けて先生たちと共に話し合うことが出来ましたが、すべてまわりのせいにして、自分の問題としては一切考えようとしないお母さんが増えてきたのがこの時代からということです。
このようなタイプの90年代以降の母親が出現したきっかけの世代は昭和一桁生まれの人でした。
どうも小学生の頃に戦争を体験し、疎開経験がある人が多く、そして、母親が成人して結婚してからは、概して夫婦仲は悪く、夫に対する批判や愚痴をいつも子供にこぼしていた、というケースが多いようです。
また、子供に対しても、常にあら探しをする傾向があり、さらに「ああしなさい、こうしなさい」とかなり支配的だったようです。
その価値観は「お金とモノ」それに「人に勝つこと」で、それが先程の支配的傾向と一緒になって、子供の前に常にモノをぶら下げて「いうことを聞かなければ、これはあげない」とか「いい成績をとったらこれをあげる」という具合に、モノで子供を支配していたという印象が強いです。
そして、子供が結婚してもなお、二世帯住宅を建てて「住まわせてやっているんだ」というかたちで支配し続得kているようです。
こうした話を総合して、その母親のエゴグラムを想像するならば「自己肯定・他者否定型」つまり、親としてはきびしく、何をやっても褒めてくれないタイプで、常に自分は正しくて回りが待ちあがっている、と思いこんでいるタイプのように思われます。
その母親たちは、昭和12年生まれまでに集中しているようです。
食糧難から学童疎開やらを体験し、家族関係自体があいまいで不明な部分があるなど、かなり複雑な家族関係の中で育った人々も多く、そうすれば、人よりも「お金やモノ」の方を頼りにし、人と協調するよりも「勝つこと」にこだわるようになるのも当然かもしれません。
こうして、この他者否定的傾向が90年代に入ってから急に目立つようになりました。
戦後間もない50年代まではまだ、大家族の中で、おじいちゃん、おばあちゃん、それにおじさんや、おばさんなどと共に暮らしていた人はかなり多くいました。
また、お父さんも、長時間かけて通勤するようなサラリーマンはそれほど多くなくて、農業や漁業それに小売店など身近なところで家業を営んでいる人が一般的でした。
さらに、兄弟の数は3、4人の人が多かったでしょうし、そのころはまだテレビがありませんでしたから、子供たちは外で遊ぶしか楽しみがなく、近所の遊び仲間もたくさんいました。
自宅にお風呂場がある家も少なく、家族みんなで銭湯に行ってその一帯の社交場になっていたり、家族ぐるみの「裸のつきあい」が行われていたわけです。
50年代までは、あらゆる人が生まれたときからかなりたくさんの人々との触れ合いのなかで育っていた、ということがわかります。
60年代以降「核家族・夫婦分業・母子密着」
2000年代からは、「共働き」も加わっています。
「下手なことを言って嫌われたくない」「面倒なことに巻き込まれたくない」というのも増えてきました。
そのように他人のやり方には一切干渉しない一方で、自分も他人の意見を取り入れないとしたら、結局は、それぞれがまったくバラバラな子育てをすることになりました。
そういう母親との母指カプセルの中で育った子供たちは、過保護にしろ、過干渉にしろ、放任にしろ、そのお母さんの偏った育児の影響を、多大に受けるということになります。
その結果、非常にちぢこまって自己主張がいっさいできないような子がいる一方で、まったく節度なく、やりたい放題になってしまっている子がいる具合に、それぞれが両極端の問題を抱えた子が沢山出てきてしまう、ということになります。
「三歳まえは母親の手で」という一般通念が強く残っていますが、それは母親を理想化したうえで言われていたことで、実際の母親は生身の存在なので、さまざまな限界や偏りがあります。
子育てに最も必要なのは、厳しすぎたり甘すぎたりしない線、神経質すぎたり大雑把になりすぎたりしない線、支配的になりすぎたり放任になりすぎたりしない線など、つまり適度なバランス感覚なのです。
そのような「中庸を得た」子育てを行うためには、孤立した閉鎖的な状況のなかで子育てが行われるのではなく、親自身もたくさんの人とふれあって、独善的な育児におちいらないような、風通しのいい環境が必要です。
教育論
脳の発達曲線
脳にはまず中心部に「生命の座」と呼ばれる脳幹部があって、そこでは心臓の拍動や呼吸運動を調節したり、睡眠と覚醒のリズムを司ったりしています。
つまりまず「植物として生きる」ような生命を維持するための基本的な器官が、この脳幹部によってコントロールされているのです。
そして、次の大脳の古皮質の部分は「本能の座」と呼ばれていて「動物として生きる」ような機能を司っています。
さらに、大脳の最も表層にある新皮質は「知性の座」と呼ばれていて「人間として生きる」昨日を司っています。
人間の脳は次代とともに進化を遂げてきた結果、今ではこの新皮質部分が約90%を占めるようになっています。
しかし、人間の基本は、まず自分の生命を維持すること、種族を保存することで、その上に、人間として文化的に生きることが付加されたのです。
脳幹部から新皮質へと拡大していったように赤ちゃんについても、まず生命力を育てることから始めて、しだいに人間としての思考力や段々力を育てる方向へ進んでいくべきものです。
ところが、赤ちゃんの内から、逆に脳の表層部にばかり刺激を与えると、本来、しっかり育つべき生命の座や本能の座の発育がその分抑制されてしまいます。
早期教育というのはそのような危険性をはらんでいるのです。
シュタイナー教育
そのためまずは子供の生命力や豊かな感情を育てることが大切なのですが、それを体系されているのがシュタイナー教育でした。
シュタイナー教育では、子供が生まれたから大人になるまでの約20年間を3つの「7年期」に分けて、それぞれの教育課題を以下のように定めています
第一・七年期:生まれてから七歳までの期間。「生命体」を育てる時期と言われ、その時期の主要な課題は、身体の健全な発育と、五感による環境の模倣
第二・七年期:七歳から十四歳。「感情体」を育てる時期とされ、「すべてを芸術のオブラートに包んで、感じ取らせるように學ばせる」ことによって、その子が将来、豊かな感情を持つことを目指します。
第三・七年期:十四歳から二十一歳。「自我」を育てる時期に入り、ここにおいてはじめて、思考力・判断力・知力というものに重点が置かれた教育がなされます。
シュタイナー教育の最終的な目標は「自由を獲得した人間」になることで、「自分自身の内部で考え、その考えたことには自己の感情がこもっており、しかも、その考えたことを実行できる」ことを目指しています。
まず意志力・行動力を
乳幼児期は、全てをまねるということに特徴があります。
まわりのものが生き、働くさま、話すこと、それを身体中で知覚して、ひたすら模倣します。
外界というものを虚心に信じて、これに身を委ねていきます。
だから、この時期に知識の早教育をしようと思えば、子供は、いかにも急速に覚えいこんでいくように見えるかもしれませんが、それは結局機械的な反射でしかありません。
たとえば、早くから子供に思考を強制したりすると、その子の知力は一見早くから発達するように見えますが、この時期に育てられるべき意志力や行動力というものが、充分に育たないことになります。
育つべきところまで育たないで早産させられた子供は結局大人になってからどこか意志力や行動力の弱い人間になってしまい、ほんとうの思考力というものも、この意志力や行動力の裏付けがなければ、その力に限界を迎えます。
してはいけないこおとはしない、正しいと思ったことは行動に移す、つまり、思考と行動を一致させるということは、実はなかなかむずかしいことなのです。
サラ金地獄や薬漬けの人もそれが悪いことだと知っていてもやめられなくなるわけです。
早期教育は、頭でっかちで意志が弱く、行動力に乏しい人が増えていく可能性があるのです。
大変なことなのですが「この模倣の時期には、周囲の大人は模倣されてよい存在でなければならない」つまり、大人自身が言葉で教えるのではなく、行動で示すことが大切なのです。
乳幼児期は生命体を育てる時期なので、できるだけ生きている者に触れる体験あg必要であり、この時期から間接的にテレビやビデオ、スマホなどの間接的な体験は子供の生命力、意志力、行動力を弱めてしまうのでシュタイナー教育においては禁忌とされています。
日本の現状は、子供の生命体をますます弱める方へ向かっております。
ある母親の教室で一日のうちどれくらい、テレビやテープを付けているかという話題になったときにかなり多くの人から「なんとなく寂しくてテレビをつけっぱなしにしている」とか「ビデオを見せていると静かにしてくれるので、長い間見せてしまう」「早期教育のために英語や音楽のテープをできるだけ聞かせようとしている」という話が出てきました。
その結果か、家庭教育研究所の中野由美子さんが次のようなコメントを寄せています
「夏のアスファルト道路の上で、ひからびたミミズの死骸をみるなり、その形から『L』『つ』というJくん。
『おおきなかぶ』の寸劇に参加していたかと思うと、そのまんなかで突然、絵本を読みだすKちゃん。
人に接するのが嫌いで、トイレの中や部屋の片隅で電卓に興じるLくん。
この子たちはほんとうに個性的で幸せな大人に成長するのでしょうか」
遊びは子供の仕事
シュタイナー教育といえば、もう一つの教育法の代表的なものとしてモンテッソーリ教育があります。
モンテッソーリが教育の基本原則としてのべているのが「子どもと大人は違う」ということで、その違いは「おたまじゃくし」と「かえる」の違いに例えられているほどです。
ですから、まず大事なことは「幼児期の子供はまだ自分が言いたいことを充分に表現できないからこそ、大人は子供の行動をじっくり観察し、今その子にとって何が必要なのかを読み取り、その子供の役に立つことを探す努力をしなければなりません」そして、もし「大人の立場から判断し、高飛車に命令したり、支配したりするならば、子供は自然からもらった宿題を果たすどころではなく、何もかも中途半端になっていまいます」と述べています。
大人の目から見れば、子供がただ遊びまわっているように見えることでも、実は子供にとっては、自然から課された宿題を果たしている、「仕事をしている」ということで、自然のプログラムに従って、自分に内在している能力を遊びを通して次第に開発している、ということなのです。
第一段階:自分が自由に取り掛かること
第二段階:やり始めたことに続けて取り組むこと
第三段階:そのことに全力を傾けること
第四段階:以上の過程を通って「すんだ」とか「できた」というほっとした表情で自分からやめること。そのあとに喜びが内面からあふれること
子供はそのようにして自分の能力を少しずつ開花させているわけです。
そして、子供が以上のプロセスを充分に体験することが出来るためには、大人は「せきたてる」「先取をする」「中断させる」「肩代わりする」「ほったらかす」などのことはできるだけ慎むべきだ、といわれています。
しかし、おそらく、どんなに早期教育の危険性、勿論、虐待の危険性も訴えたところで、今の母子が置かれている状況が変わらない限り、現代社会の教育問題は一生解決されないでしょう。
昨今の母親の世界
「わが子を抱くまで、小さい子供と触れ合う経験は全くなく、ある日突然、母親になったという感じだ。だから、子供の一挙一動に戸惑い、どのように対応していいかわからない毎日だった」
「妊娠して会社を辞めると、これまで予定で埋まっていたカレンダーが真っ白になり、電話もほとんどかかって来なくなってしまった。このまま出産して子供の手が離れるまでこの状態が続くのかと思うと、いささかうんざりで、本当に自分がやっていけるのか不安を感じる。妊娠してこんな状態に陥るとは思ってもいなかっただけに、どうしていいか思い悩んでしまう」
現代の核家族においては、自分自身が出産するまで、育児とは実際にどのようなものかを身近で体験することがほとんどありません。
そのため、かえって漠然と「かわいい赤ちゃんと、やさしいお母さん」というような幸せなイメージを抱いて、出産に挑む人が多いようです。
ところが、実際に家事・育児の生活に入ると、そのような理想的なイメージとはかけ離れた現実に直面し、そのギャップに愕然としてしまうことになります。
「ふときがつくと、最近夫以外の人とは、ほとんど口を機会がなくなっている。それもある内容を持った会話に限るならば、カレンダーに〇印をつけたくなるくらい減ってしまう」
「毎日毎日、夫と子供と3人だけの生活では孤独で辛い。仕事を持ち、いろいろな人と接することができた一年前の生活とはなんと違うことだろう」
「部屋の中と、家の周りを散歩する程度で、全く孤立した状態です。私自身だんだんいらいらしてくるし、こんなことでいいのだろうかと思いながらも、話し相手が見つかりません」
「出産と同時に転勤が決まり、電話をかける相手もいなければ、尋ねる友人もいない。かといって、子供は二か月足らずなので、子供を連れて外に出られないという状態が続いている」
「私は、家事は嫌いではないが、限られた狭い空間の中で単調な毎日が繰り返される今の背勝には耐えられない。このごろフラストレーションがどんどんたまっていくのがわかる。そのしわ寄せはどうしても子供に行ってしまい、必要以上に感情的になって怒ったり、冷淡になったりして、あとになって悔やんでしまうのだ」
「私は慢性的な欲求不満状態に置かれている。家事と育児だけでは私の心は満たされず、何か他のものを求めてしまう。なぜ私だけが狭い世界に子供と閉じ込められなければならないのか」
「妊娠五か月で退社してからというもの、行動範囲や交友関係は狭まる一方で、過程での仕事も、いくら一生懸命やってもだれからも評価されないという不満が募っていった」
「子どもを育てながら自分のやりたいことをするのは、なんと難しいことであろうか。自分の時間も生きたい、一人の人間として働きたい、学びたい、成長したい、というのは、ごく自然な欲求だと思うが」
「夫にはストレス解消の場があるが、私には経済的・時間的問題から、ストレス解消の場を持つことができない。私自身が安定している時はいいのだが、いらいらしているときは、楽しそうにしている夫を見ていると憎らしくなってしまう」
「男性は、妻子を養っているということを口実にして、子供や妻に目を向けることを怠っているのではないだろうか」
「すべての家事を私に押し付けておいて、口だけで愛してるよ、なんて言っても全く実感できない。愛とか思いやりは家事分担の度合いで測れるとさえ思う」
「父親というのは、いかなる事態でも職場にいき、夜どんなに子供が泣こうと、おかまいなく眠っている姿を見ていると、うらやましくもあり、憎たらしいもあり、つくづく母親と父親の違いをかんじさせられる」
それまでは同等な生活を送っていた夫婦が、赤ちゃんが生まれたことによって、女性は決定的に家に縛られてしまう一方で、男性の生活はほとんど変わりません。
相変わらず帰宅時間は遅いですし、土日は自分の好きなように過ごしています。そうすると、女性の方には「なぜ私だけが」という気持ちが当然出てきて、夫に対する不満もつのってしまいます。
「夫と喧嘩でもすると、まさに私の感情はハリネズミのようになって、子供を些細なことで叱りつけたり、八つ当たりしてしまう。やはり、夫といい関係を保っていかないと、こどもがかわいそうだ」
「夫が子供の世話をしてくれたり、手伝ってくれると、それだけで精神的に満たされ、いらいらしなくてすむ。夫が協力してくれた日は、一日中気分よくすごせる」
「専業主婦となり、子供と向かい合った生活が始まると、私は自分の母性愛のなさに愕然としました。いとおしく思えるはずの娘が、うっとうしく意のままにならぬ厄介なものに思えたのです」
「上のこの時は、早く何でもできるようになることを待ち望んでいたものだが、下の子がいよいよ歩き、話し始める時期を前にして、私は少し寂しくなってきている。昔の人が次々と子供を産んだのは、こういう想いもあったのではないか」
「上の子と下の子をどうしても差別してしまう。下の子には自然な笑顔で相手をしてやれるのに、上の子には努力して笑ってやっているという感じで、ぎこちなくなる。厳しくというより、つらくあたってしまうのだ」
一般に「下の子ほどかわいい」というお母さんが多く、それは育児になれて余裕が出来たためと解釈されます。
はたして単なる慣れのためなのか、あるいは出産を重ねることで母性も強化・育成されるのか、その理由は定かではありませんが、母親教室で見ている限りは、複数の子がいるお母さんの方が、ずっと気楽に子育てをしているようです。
昔のお母さんたちは大勢の子を育てていたのに、今のお母さんたちが一人の子を持てあますのはおかしいと言いますが、かえって少数の子供を育てている方が、母子ともども精神的には辛い面があるのかもしれません。
「仕事を辞めた時は、当面はのんびりして本来の自分を取り戻すことと、日常生活をもっと大切にして豊かに生きようと思っていました。しかし、いざ家庭に入ると、毎日を豊かにする具体的な方法が中々つかめず、それどころか、子供のことにうんざりしたり、変化のない毎日にうんざりして、なかなか期待通りにはいかないことが分かりました」
「働かないで家にいるということは、社会から切り離されたような感じで、そのまま自分の精神的な成長が止まってしまうようで、怖い気がします」
「職場に行っている時はうれしい。だって、誰かのお母さん自分でいられるから。家の付属品なんかじゃなく」
「だれかに養ってもらわなくてもやっていけるというのは、最高にいい気分」
まとめ
1985年以降生まれの母親はほとんど「心」が育っていないまま大人になり、
やがて育児を行うと、
令和の時代というのは乳幼児期からスマホやスイッチに触れる上に、
共働きが当然の時代であり、SNSが普及されると、ますます母親の孤立化が激しくなる。
育児ノイローゼで孤立化した母親が「心」も育っておらず
「自己肯定・他者否定型」になっているため、虐待をするのも不思議ではない。
昨今の虐待相談件数は過去最高。
スマホ依存症からSNSを通じて不倫も容易になり心のスキマも埋められる。
このような地獄のループは戦前の日本にはなかった人格障害の育成となっていきます。
これが何十年も改善されずむしろ悪化し続け、世の中の人々はますます「心」が育まれず、「自己肯定・他者否定型」の量産により、
虐待や犯罪が発生すると被害者を一方的に悪人にし、社会問題として向き合わないというわけです。
ワイのように、独身の割合も多くなってきました。日本において独身高齢者の割合も非常に多くなると、この深刻極まりない問題にすら無関心でいる割合も年々大きくなっていき、虐待の事件があると「子供産むやつの自業自得」と考えることでしょう。







