こんにちは~さっちゃ~んです。
今年も卒業おめでとうございます。
【のんびり生きていく最強の立ち回り】学生の皆様、卒業おめでとうございます!そして、新社会人は、いますぐ仕事を辞めて無職になれ!【2023年版】 - 働いたら負け
この時期数々の卒業生に校長先生の如く贈る言葉を述べてきました。
2023年は卒業後の正しい立ち回り方を提唱しましたが、もっと根本的に学生たちの精神的部分の洗脳を解除することも考えなければと思いつき、
2025年度、学校を卒業するワイよりも下の世代へ花向けの記事を作成しました。
社会人に向けてどのように生きたらいいっていうのを前年までやっていたんですけど、
今回は、一から教育再出発です。
学校という洗脳教育機関で10代の時期を無駄に過ごした皆様がどのように洗脳教育プログラムを受けたかのそのカリキュラムの概要を今一度振り返ってみましょう。
この記事を読むことによって「多数派常識」の知的レベルと思想がわかってきます。
教育とは、洗脳
教科書とは、戦争の勝者が書く本
皆様というのは、学歴関わらず、非常に低い知的水準でGHQ洗脳教育のテストをやってきただけですので、自分たちの人生は無駄だったということを受け入れる工程から始めていきましょう。
- GHQとは
- 教育システムはGHQが「押し付け」て作った
- GHQ監修:皆様用に作られた洗脳プログラム
- GHQの押し付けがわかりやすい現代国語
- 最底辺に合わせた算数
- 傲慢な理科
- 洗脳教育の権化:社会
- GHQスタンダード言語、英語
- 多数派常識人の完成
- 終わりに・洗脳を解くには
GHQとは
GHQ=当時のアメリカと勝手に刷り込んで、戦後の教育基本法をそのまま使っている日本、文部科学省に問題があるという風にすり替えそうですが、
日本は相も変わらずアメリカの占領下で、GHQの教育基本法に対して現在のアメリカもその方針を取っているということです。
この世界の支配者は世界を不幸にして一体何を企んでいるのか??世界の勢力図を解説!自民党の内部勢力も分かる - 働いたら負け
↑の記事でいうところの
GHQはロスチャイルド財閥の陣営になり、マッカーサーとはロスチャイルドの代理人です。
主なロスチャイルドの思想
・人間の獣に優れる如く、ユダヤ人は他の諸民族に優れるものなり。
・神はユダヤ人にすべての方法を用い、詐欺、強力(暴力や脅迫)、高利貸、窃盗によってキリスト教徒の財産を奪取することを命ずる
・「汝殺すなかれ」の掟は「イスラエル人を殺すなかれ」の意なり。ゴイ(非ユダヤ人)、異教徒はイスラエル人にあらず
・ゴイがゴイもしくはユダヤ人を殺した場合は責めを負わねばならぬが、ユダヤ人がゴイを殺すも責めは負わず
・ゴイに我らの信教を教える者は、ユダヤ人を殺すに等しい。もしもゴイが我らの教説を知ったならば、彼らは公然と我らを殺すだろう
ロスチャイルドは徹底的に「排他主義」で、思想でいうと「シオニスト」と呼ばれます。
その目的は「一部の国際金融資本かと知的エリートが絶対的な権力で大衆を管理・コントロールする平和な社会をつくること」
ですから中央集権主義です。
その方法としては、国家権力の上位に超国家権力を置き、その期間を支配することによって全世界を支配します。
基本思想
1すべての既成政府の廃絶とイルミナティの統括する世界統一政府の樹立
2私有財産と遺産相続の撤廃
4家族制度と結婚制度の撤廃と、子どものコミューン教育の実現
5すべての宗教の撤廃
その目的は「一部の国際金融資本かと知的エリートが絶対的な権力で大衆を管理・コントロールする平和な社会をつくること」
ですから中央集権主義です。
その方法としては、国家権力の上位に超国家権力を置き、その期間を支配することによって全世界を支配します。
基本戦略
1目的を達成するために、あらゆる政治的・社会的・経済的、その他の問題において、互いにいがみ合う陣営に分断させる
2対立する陣営に武器を与え、互いに戦わせ、弱らせ、その国民政府と宗教的組織を徐々に自滅に向かわせる
3あらゆる政府の高い役職についている人々を支配するために、金銭的及び性的な賄賂を利用する。一旦、誘惑に乗ると、恐喝、経済的破壊の脅し、秘密の暴露、金銭的損害、殺害の脅しによって操作される
旧約聖書のノアの方舟の伝説に基づくハト派の政策を元にしている側の政治家です。
宏池会:
池田勇人創設で
かつて所属:菅義偉
- 先の大戦に至る国策の誤りを反省
- 言論・表現・学問・信仰の自由などの制約に基本的に反対
- 日本国憲法を尊重する基本姿勢(かたくなな護憲ではない)
- 経済優先、軽武装
- 相手の価値観に敬意を払う自由主義・民主主義の基本姿勢を背景とした「寛容」の重視
- 国家の独立性に強い関心
安倍派と明確に違うのは、
安倍派は
・再軍備に積極的である
この点になります。
何故、憲法の改正に対して対立しているのかというと
GHQ草案で出された日本国憲法、マッカーサーはロスチャイルドの代理人だからです。
ロスチャイルド財閥もロックフェラー財閥も各国の文化を破壊して、統一した政治形態にしようというのは一致しています。
志公会:麻生太郎会長の派閥ですが、こちらもロスチャイルド源流となります。
教育システムはGHQが「押し付け」て作った
1945年8月14日、日本は「ポツダム宣言」を受諾し、大東亜戦争に敗北。その後、9月2日に連合国との停戦協定に調印した日本はアメリカの占領下に入ります。
米国はただちにGHC(連合国軍最高司令官総司令部)を設置し、政治・経済・家族・教育・地域制度などの社会改造を行いました。
その代表例がGHQが作成した日本国憲法をあたかも「日本人の手で制定したかのように」強制したところにあります。
一方、教育基本法も、教育基本法案を作成したのは日本人の有識者約50名によって構成された「教育刷新委員会」とされておりますが、終戦後の教育改革はアメリカの教育使節団によって強制されたものです。
米国教育使節団というのはGHQの招請で来日したアメリカの教育関係者たちのことを指します。
彼らは約1か月間、日本各地を訪問し、日本の教育関係者と懇談し、日本の教育改革の方向性を示す『米国教育使節団報告書』を書きあげ、これが占領下の教育改革のバイブルとなります。
GHQは日本を占領すると直ちに、1945年10月から12月にかけて、教育関して「四大指令」を出します
1「日本教育制度に対する管理政策」に関する指令
GHQは文部省に対してGHQの司令に従って政策を実施し、その結果を報告するように命じます。
2「教員及び教育関係者の調査、除外、許可」に関する指令
「軍国主義的又は極端な国家主義的傾向」を持つ教員、およびGHQの政策に反対する教職員や官僚を解雇し、公的機関への再就職を禁じることを命じます。
この指令により全国約95万人の教職員や官僚が「適性検査」をうけて3000人が失格となり、全国の教職員の22%(約20万人)が退職勧告を待たずに自主的に辞職しました。
もちろん、残った文部官僚と教職員はGHQの指示に服従を強いられることになります。
3「神道指令」
学校での神道行事の禁止だけでなく、日本における神道の意義などについても一切教えることを禁止され、かつ皇室や日本の歴史・伝統の素晴らしさを教えることも禁止しました。
4「修身、日本歴史及び地理の停止」に関する指令
日本人としての自覚を育む「道徳」や「歴史」「世界の中の日本」と「郷土」への理解を育む「地理」を青少年に継承することを禁止しました。
これにより明治時代から築き上げた日本の学校教育は解体されます。
それでも、熱心なプロテスタントだった南原東大総長は「『一回も』総司令部から指令や強制を受けたことはなかった」と断言していますが、これらの4つの司令によって日本の教育が解体されたのは「事実」です。
3月初旬に来日予定の「米国教育使節団」の日本側の受け入れ機関として、GHQの意向を積極的に尊重する日本人を集めた組織を作ります。
GHQは「民間情報教育局(CIE)」を設置して文部省はこのCIEの監視下に置かれました。
CIEの助言・指導なくしては教育関係法案はもちろん、実施の方法も決定することはできませんでした。(学制百年史より)
文部省は、上級かじ取り委員会、かじ取り委員会などを通じて「GHQが承認した」教育刷新委員会の提案を法律にするように制限されます。
教育基本法の原案を作成・検討したとされる教育刷新委員会の上部には、GHQ・米国教育使節団、「上級かじ取り委員会」、「かじ取り委員会」、の3つのグループが存在し、教育刷新委員会をコントロールしていました。
教育刷新委員会は「自主的に」議論を進めていいが、何を議題とするかはあらかじめかじ取り委員会を通じてCIEに了解を求め、その結果もすべてかじ取り委員会に報告しなければならないと、CIEから通告されたわけです。
GHQの政策に反対するテーマは議論できませんし、たとえ議論したとしても、その内容は全てGHQに報告され、問題発言をした委員は公職追放処分となります。
まるで「学校の班を作って話し合いをする」のと同じです。
先生から指定された議題しか児童・生徒は話せません。
現在文部科学省のホームページで公開している「教育基本法制定の経緯」において「かじ取り委員会」の存在には全く触れておらず、あくまで日本側が自主的に制定したかのように描いています。
占領政策を遂行したGHQの目的は「日本人は狂信的な軍国主義者である」と偏見に基づき、日本人の精神を根本的に変えることでした。
GHQ監修:皆様用に作られた洗脳プログラム
愛国心の排除
明治24年に交付された文部省令で「小学校教則大網」の第二条に明記されていましたが、「教育基本法要綱案」には「愛国心の涵養」という趣旨はありませでした。
CIEが教科書検閲の基準を設定し、軍国主義、超国家主義のみならず「国民的、国家、我が国」といった用語までも削除されるなど、愛国心そのものを否定されることになりました。
教育の目的は、個人の価値と尊厳を守り、個人の人格を完成させることであって、国家はその目的を達成するための「手段」であるという観点から、戦後日本の教育は改変されるべきだ、と『報告書』は強調しています。
文部科学省も、戦前の教育は「国家のため」とされた結果、故人の尊厳や心理が軽視されてきたので、これからは「個人の尊厳のため」という価値観に基づいてされるべきである。と『報告書』と同じ発想に立脚しています。
言い換えれば、「個人の尊厳」「人格の完成」は国家へのアンチテーゼ、国家と対立する概念として使用したにすぎません。
こうした教育が実施されれば、青少年の心から国家意識が欠落し、「愛国心」が希薄になるのも当然でしょう。
一部のマスコミや日教組は、
「内心の自由を尊重するためには、児童・生徒の心の中に踏み込むような愛国心教育はしてはいけないし、ましてやその心を評価することは絶対あってはならない」と喧伝するわけですが、すでに授業として行われている「道徳」や「倫理」は文字通り、心の問題を扱っています。
そして「道徳」については、通知表でも「協調性」や「公共心」などの項目に基づいて評価が行われてきているが、何ら問題視されたことはありません。
こうなると「道徳」や「倫理」における「心」の評価は構わないが「国を愛する心」だけは評価の対象にしてはならないということになり、その結果、通知表から「愛国心」という評価項目が削除されてしまうならば、愛国心教育それ自体をしなくてもよいということになります。
以上のことから、「個人の尊厳」を利用して国家の関心を形骸化させるという意味が洗脳教育プログラムに施されているということです。
現代日本人もいかがでしょう。
日本という国が好きでしょうか?誰も好きだと思ってないんじゃないかなと個人的に思うわけですけど、
これはこれで喜んでいると思われますので、どうしようもないでしょうね。
男女共学
CIEは男女共学について積極的な言及を行うよう要求、これを受けて文部省の関口隆克審議室長は「男女はお互いに敬重し、協力し合わなければらないものであって、両性の特性を考慮しつつ同じ教育が施されなければならないこと」という案を持参しますが、CIEは了承せず、文部省案の「両性の特徴を考慮しつつ」という文言が削除されます。
もし教育基本法に「両性の特性を考慮」という文言が残っていれば、2022年にしょもうなく騒いでいたジェンダー・フリー教育はこれほど横行することがなかったでしょう。
教育行政
同時に刷新委員会第13回総会に提出された要綱案には「教育行政は、学問の自由と教育の自主性とを尊重し、教育の目的遂行に必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならないこと」とありました。
刷新委員会はこの表現で合意していましたが、CIEのトレーナーは「教育の自主性の尊重」という表現を問題視し、修正を要求しました。
文部省に案を作らせても満足できる表現が出てこないことにしびれを切らしたトレーナーは自ら英文で要綱案を作成
「教育は、政治的又は官僚的な(不当に)支配に服することなく、国民に対し独立して責任を負うべきものである」という表現に変えるよう、文部省に通告しました。
翌21年1月15日暗に「不当に」という言葉が追加され、最終的に現在の表現になりました。
「不当な支配」という表現はCIEによって強制されたものです。
これは逆にいうと不当じゃなければ政治的・官僚的な支配に服しても良いということです。
文部科学省は「国民の意思が教育と直結するためには、現実的な一般政治上の意思」すなわち政府・文部省の意思とは別に、「国民の教育に対する意志」が存在し、その意思を反映させるために「米国において行われている教育委員会制度」が作用されなければならないとしています。
しかし、議会制民主主義を取る日本において、選挙によって多数派を占めた政党が担当する政府とは別に「国民の教育に対する意志」なるものが果たして存在するのか、もし論在するとしても「国民の教育に対する意志」はどのように対して確認するのか不明です。
この確認する方策がないため、責任の所在が明確ではない「国民の教育に対する意志」なるものに基づく「教育委員会」に教育行政に関する「責任と権限」委譲してきたのが、戦後の教育行政です。
このようにして、教育行政に関する「国家の責任と権限」は都道府県教育委員会、市町村教育委員会、各学校、各教師へと分散され、国家の教育に対する責任の不明確、更には無責任のシステムを生み出しました。
その結果、問題が起こると責任のなすりつけ合いがおこり、誰も責任を取らないという構図ができあがるわけです。
いじめ問題が顕著ですが、責任のなすりつけあいが起こるシステムというわけです。
その結果、国旗国家指導を始めとする教育内容について文部省が積極的に関与できない仕組みが生まれ、その間隙を作形で、学校現場での教育内容は日教組などによって支配され、ゆがめられてきました。
「伝統を尊重して」「宗教的情操」も削除
11月29日の刷新委員会総会に提示された要綱案では前文に「不偏的にしてしかも個性豊かな伝統を尊重して、しかも創造的な、文化を目指す教育が普及徹底されなければならない」と明記されていましたが、トレーナーは「伝統を尊重して」という言葉の削除を命じました。
当時の通訳が「伝統を尊重するということは、再び封建的な世の中に戻ることを意味する」と述べたかだと言っています。
さらに宗教教育について
「宗教的情操のかん養は、教育上これを重視しなければならない。ただし、官公立の学校は、特定の宗派的教育及び活動をしてはならないこと」と規定されていました。
この表現は社会党の森戸委員でさえも合意した案であり、宗教的情操の涵養が重要だという認識は、社会主義者向含め当時の日本人全体の総意でした。
涵養とは、無理をしないでじっくり育て上げることを意味します。
しかし、CIEは「宗教的情操の涵養」を削除し「社会における宗教生活の意義と宗教に対する寛容の態度は、教育上これを重視しなければならない」というCIE暗に差し替えるように日本側に要求しました。
しかも「宗教に対する寛容の態度」という表現は「無神論者にたいする寛容も含む」と解釈されることになったため、宗教を敵視する無神論を奉じる児童・生徒に配慮して事実上、学校教育において宗教に関する教育は全て禁止されることになりました。
これは米国教育使節団が日本に要望した「国家は宗教上の教義を教えることを学校から除外するのが賢明である」ということと同じ意味でして、
これも「愛国心」以上に「日本文化の破壊」に直結しております。
日本人は無宗教というと外国人がから変だと思われる話を聞く通り、GHQは教育を通じて、日本の宗教・文化を破壊したのでした。
宗教に対する過剰ともいえる反発は日常の生活習慣レベルでも深刻な問題を引き起こします。
北陸地方のある公立小学校において、給食の際に合掌することが「宗教的色彩がある」として保護者から批判され、中止になるケースが相次ぎました。
中止しなかった学校でも、「合掌、いただきます」を「気を付け、いただきます」に変更されることになります。
祖の影響か、富山県内の高校生の半数が、食事の際に「いただきます」や「ごちそうさま」を言わないことが県の調査で分かったと言います。
「いただきます」「ごちそうさま」のあいさつは食べ物への感謝の意を示す大切な言葉ですが、自然の恵みに感謝する宗教的情操を涵養する機会を子供たちから奪うことになりました。
しかも、天地自然の恵みに感謝するという敬虔な心は、すでに失われてしまっているでしょう。
平成18年、ある若い母親が自分の子供が通う小学校に対して「自分のところは給食費を払っているのだから、給食の時間にうちの子には『いただきます』と言わせないでほしい」と批判したと言います。
これに対して3割ほどの母親が賛同する意見がありました
「ちゃんとお金を払っているのだから別に『いただきます』を言わなくてもいいと思う」
中には「食堂で『いただきます』『ごちそうさま』を言ったら、隣のおばさんに『お金を払っているんだから店がお客に感謝すべき』と言われた」などという意見もあったそうです。
「いただきます」の真意はあなたの命(食前の食べ物の命)を私の命にさせて頂きますの最後の「いただきます」言っている者です。
食事に際して「いただきます」と感謝を捧げる日本の美しい精神的伝統を学校教育においてもきちんと伝えていくようにすべきだったのではないかは、もうこの時代なので知るよしもありません。
無宗教というのは、要するに「品」がないというです。
個人的な見解を挙げるなら、日本の宗教というのは「神道」と「仏教」を合わせたものでした、特に仏教には「欲」を持たない宗教観がありましたが、これを排除することになった結果、「拝金主義」になったのかと思っております。
多数派常識の皆様は教義を失ったことによって金にしがみつこうとしている。
金が一番大事なんだとなっておりますね。
日教組
日教組についてさらっと説明しておきます。
1945年12月1日に共産党系の全日本教員組合が、その翌日12月2日には社会党系の日本教育者組合が結成されていました。
しかし、その勢力は極めて小さい者でしたが、GHQの指令が続々と出される中で、組合に加入する教員は爆発的に増加し、前年が150~160人だったのが、ともに約13万人の教員が参加したと言われています。
日本教育労働組合は、その後も全日本教員組合協議会と名称を変えながら拡大を続けていきます。
文部省も過半数の教員を傘下に収めた全日本教員組合協議会を無視することはできず、この組織を相手として労働協約を締結することを約束します。
全日本教員組合協議会の実権は組織拡大によって共産党系から非共産党系へ移りました。
そうなると教職員組合が2つに割れる意義がないので、1947年についに日本教職員組合(日教組)の結成大会が開かれました。
日教組というのは文部省から手渡された「新教育指針」という手引書によって誕生し、その手引書の教えを愚直に守ってきたにすぎない組織です。
現状を箇条書きするとこうなります
・倫理横領を正式に変更した形跡がない
・共産党支持者は脱会して全教を結成したので日教組内にはほとんどいない
・建前上は国旗国歌反対運動や偏向教育を支持していない。
・大多数の組合員は、共産主義とは無縁である
・教研集会の発表内容には偏りがみられる
・政治的には「外国人への参政権付与」「夫婦別姓推進」「新北朝鮮」など民主党左派や社民党に近い
・地域により組織率にばらつきがある
・組織率の低い地域は団塊世代の退職と共に壊滅すると予測できる一方、高い地域では今でも強固なムラ社会として存在している
・組織率が高い地域では、採用・転勤・承認人事に影響力を持っている。
・組織率が高いからと言って偏向教育が盛んとは限らない
・組織率が高いからと言って学力が低いとは限らない
・国旗国歌反対運動や偏向教育が幅を利かせている都道府県が存在する
GHQの押し付けがわかりやすい現代国語
現代文の授業をみてましょう。
小学校の国語の授業を思い出してみてください。
教科書によって指定された文章を読んで、各々がその物語による感想を言い合ったことでしょう。
GHQによって都合の良い与えられた文章内で「議論」をします。
しかし、議論(感想)には自主性や表現の自由はありません。
一番分かりやすい例えば「ごんぎつね」というタイトル、ワイも覚えているので紹介します。
ワイが授業の感想で「なんで狐がそういう発想になるのかわからん」とか「なんで『ごん』って名前がついてんだよ」とか「結末も特に何も感じない」「さすがGHQが選んだしょうもない物語や」とか発言すると文部科学省の下っ端の下っ端の教職員が怒り始めます。
ここは教職員のご機嫌を窺うように「ごんがかわいそう」とか言わなければなりません。
教職員だけでなく、1年も2年も学校で過ごして洗脳された児童も「何言ってんだあいつ」と奇異な眼差しを向けてくるようになります。
これは「教育」でも何でもありません「洗脳」です。
班で話し合う系の科目は、このように少数の言論を弾圧し、教職員のご機嫌にかなう発言をするように洗脳されます。
そこで受ける洗脳教育の名は「同調圧力」です。
しかし、テストになると、何故か読解能力、論理力が問われるわけですから、同調圧力を受け続けた児童は、教師が喜ぶような言葉を勝手に変換し解答する自由感想会を披露しますが、見事にテストで解答できません。
最底辺に合わせた算数
和算という優れたものが日本の数学にあり、日本の数学教育は元々優秀だったのですが、何故か西洋式に変更されます。
「自主性はなく、上からの指示通り動く」は算数でも発揮されます。
小学1年生で足し算・引き算。
小学2年生で掛け算・割り算。
小学3年生で分数。そんな感じだったかと思いますが、
教職員自体も数学という学問を理解していないので「これはこういうもの」と勝手にルールを強要していきます。
算数・数学は特に、児童によって能力が顕著に差が出る科目のせいか、授業のスピードは最底辺に合わせられます。
小学1年生といえど、1年間かけて足し算引き算をやり続けるスピードの遅さはたまったものじゃありません。
かといえば、小学3年生で突然分数が出てきて、分数の足し算・掛け算などウェイトが急に大きくなってパンクする児童が増えていきます。
優秀な児童は、学校の授業ではなく公文式ですでに中学の数学の勉強を終えていますので、仕方なく、毎日45~50分、歩幅を合わせて大事な10代の時期、午前中を無駄にしていきます。
最底辺は、家庭環境がボロボロでそおそも学習できる状況じゃないので授業よりも教職員のご機嫌取りや教室の縄張り争いに必死でそもそも何をしても学習においては手遅れになります。
こんな最底辺の待機場となっている洗脳教育機関である学校に親が底辺労働に勤しんで子供の相手にする暇がないからといって押し付けられるという流れです。
傲慢な理科
たかだか、200~300年程度の歴史しかないものを「科学」といい、
理屈を持って世界はこうなっているんだと傲慢に主張する科目です。
最初に原始的なルールを作ってそっから論理を展開していく点では数学に似ています。
いかにも難しい公式を使ったりして、論理展開しているからすごい学問なんだろうなと錯覚を喰らいますが、
そもそも、科学の原始的なルールが西洋のGHQが認めた人物だったりするので、この根源的ルールが怪しい学問が多々あります。
そして、新しいルールが出ると、従来の科学が否定され新しい法則になったりすることもあったり、
利権を確保するために従来の法則を保守したりと、純粋に世の中の真理を追究するものとしては欠点が多々あります。
世の中のすべての事象を科学は、99.9999%わかっていないと考えるのが妥当で、
科学で解明されていないことは、本来なら「未科学的」といえばいいものの「非科学的」「オカルト」という言葉を使い、そこには非常に傲慢な性質を持っています。
世の中のほとんどの人はこの「科学」信仰が強いのですが、実際のところ、特に学校で習うような科学というのは、万能ではなく欠点も存在するのです。
洗脳教育の権化:社会
人は何かにすがりつきたくなる生き物で、現代日本人は「科学」と「お金」を信仰するという非常に程度の低い文明人になってしまいました。
それもこれも日本には元々「神道」、つまり自然信仰・太陽信仰があり、
200年程度しかない科学の歴史と比較すると、神道は2万年の歴史が存在します。
しかし、GHQが最も手を付けたのは、宗教性の否定、削除です。
2万年培われた神道や渡来してきた仏教の宗教、つまり日本の生活様式は削除。
宗教=カルトという現代人が完成します。
GHQに染め上げるために民主主義という名の西洋化の権化のような科目です。
GHQスタンダード言語、英語
社会と同様に、西洋化の権化ともいえるスタンダード言語です。
最近では小学生のうちから英語を学ぶので、日本語を習得しないうちに英語を覚えるなどされ、思考が崩壊します。
多数派常識人の完成
このようにして、
外国人からしてみたら理解できないような多数派常識の日本人が完成しました。
・愛国心なし
・両性の特性を考慮しない男女平等
・自主性はなく、上からの指示通り動く
・先祖から受け継がれた伝統を持っていない
・宗教がわからず、カルト宗教は忌み嫌う
が他国とは違う日本多数派常識人の特徴となります。
皆様は、10代という非常に大事な時期だけでなく、下手すれば人生そのものを、このような量産型生成としての洗脳プログラムで失ってきたわけです。
特に「自主性はなく、上からの指示通り動く」の部分が知的レベルの低さを如実に表していて、
今の働いている会社や学校もあらゆるところがこのような形態の方がむしろ生き残りやすかったりするので、底辺奴隷のまま生きるんだからそれでいいかもしれませんね。
ネットだと、ほりえもんが言ってたから、ひろゆき、岡田斗司夫が言ってたから、それをそのまま鵜呑みするとかですね。
改めて言うと「誰」が言ったかというのは日本人は重視するので、それは何故かというと知識がないから、知的レベルが低いから他の材料を比較考慮して判断できないというわけです。
あと信仰している宗教がないので何かしがみつきたくなるというものあると思います。
んで、この多数派常識で生きるということはどういうことかというと
当ブログのあらゆる記事の内容をざっくりまとめると
GHQ→アメリカ(ロックフェラー)→安倍派→人口削減プログラムに加担→自分の自分の首を絞める政策に賛同→コロナワクチンを打ってガン・白血病で死ぬ等
とこのような人生が待っております。
日本が国家として機能しているのでしたら多数派常識についてた方が良かった時代もあるかもしれませんが、それは近代以前の話かなと思います。
多数派常識洗脳教育の脱却。
これが初期の若い世代の読者は意識することかなと思います。
終わりに・洗脳を解くには
もし皆様が無駄な人生・無駄な学校生活楽しかった場合は、世の中に疑問を持たないと思いますから就職してから思い始めるかどうかなと思います。
学校に通ってる時点でも学校が嫌だった君は伸びしろだらけです。
非常にシンプルで「多数派常識」からの脱却とGHQによって失われた5つの素養
・愛国心なし
・両性の特性を考慮しない男女平等
・自主性はなく、上からの指示通り動く
・先祖から受け継がれた伝統を持っていない
・宗教がわからず、カルト宗教は忌み嫌う
これを養っていくことです。
愛国心はワイは持ってないですけど、両性の特性を考慮した男女平等、自主性、教科書には載せない、テストに出ない戦前の日本・世界の歴史、日本の伝統性、宗教についての教育からスタートしても良いでしょう。
受験に失敗しても大丈夫です。
GHQが提供しているセンター試験や大学の試験と言われる「低知能コンテスト」のスコアが高かろうと低かろうとそこで大きな能力の差自体はうまれません。
はたまた、来月から就職し始めるとそんなことを学ぶ機会を失われて手遅れかもしれませんが、
仕事というのは社会貢献度限りなくゼロの仕事が9割という無駄なことであり、なんなら、社会においても迷惑なので、パッパと辞めて頂きたいなとも思います。