働いたら負け

「週5で働くのムリ。世の中生きづらいわぁ」って感じる社会不適合者応援ブログ。一億総ひきこもり社会

今の生活で殺人炒飯は幸せなのですか? 幸せって何?

 

そもそも

 

「幸せ」とは何か。

 

 

1回「不幸論」っていう本読んだことあって

 

 

今回は、「不幸論」のお話です。

 

 

 

幸せになる4つの条件が全部そろうことで在って、

どれかの条件を満たすと他の状態を満たせず

これを全て満たすことは出来ない。

 

という本の内容なんですよね

 

1自分の欲望がかなえられている

2その欲望が一般的信念にかなっている

3その欲望が世間から承認されている

4その欲望の実現に際して、他人を不幸に陥れない

 

2は一般的信念というのは1が叶うと一般的に+になる働きのことです

 

幸福感は「自分が知らない」ということに支えられている場合、「4」を無視している場合が多くて

 

結局、この4つの条件をクリアすることはできないという

 

人は永久に「不幸である」と説いたのが「不幸論」 

 

 

俺、それに結構感化されて

 

 

わざわざ「幸せ」になろうとは思わなくなったんですよ。

 

 

 

思うんですけど

「幸せ」になるためには、

 

かなりエネルギー使いません?

 

かなり無理する必要があるんですよ

 

 

「幸福であると思われたい症候群」

ってフェイスブックやインスタグラムにあげてる女性、あるいはリア充、豊かな人に多いんですけど、こういう人たち叩くわけじゃないんですが「無理してる」と思うようになって。学生卒業してから特に。

 

だって、当の本人明らか幸福じゃねぇえしこれ笑

 

「3、その欲望が世間から承認されている」だけが先走って、「2、その欲望があなたの一般的信念に」叶ってないのかなこれは。

若干「4、その欲望の実現に他人を不幸に陥れない」も含まれてるな。

 

「幸せになりたいと思っている人」も「1、その欲望が叶っている」があやふや。

叶っているけど単純に本人は「幸せであるようにしなきゃ」という俺には到底理解できない圧力と戦っている 。こうなると、2、一般的信念がありません

 

 

 

こういうパターンもある。

 

ニート、フリーターって当の本人割とこのままで幸福なのに

 

周囲から「就職しないでどうするのと」圧力をかけられて不幸になる。

または、

「こういうかわいそうな人を助けたいと」願う、暴力的支配欲求?

 

これは、 

「3、その欲望が世間から承認されている」が圧倒的に叶えられずに、不幸を感じる。

「1、自分の欲望がかなえられる」は、叶ってないように思われるけど、意外とかなう。

 

 

だから、俺はこの「3」の条件と戦いながら生きていくのが案外しっくりきているというわけであります。

からしたら「2」が叶っていないのがきついけどなぁ~ 

 

 

結論:

 

幸福という錯覚を味わうことが出来る人が

 

幸福を味わうことができるわけですね。

 

 

だから、俺も

錯覚を味わっているうちは「幸せ」なのかもしれません。

 

別に「不幸」は「不幸」で楽だぜ

 

この国に住んでるなら割と

 

「不幸」アピールしてる方が周りは気を使うから笑

「幸せ」アピールしてる方が叩かれるし。

 

 

ブッタは

 

「幸せ」の定義に早々気づいて

 

「人は常に苦しむものであるから、欲を捨てて修業しなければならない」と説いたんですね

 

これが仏教。僧侶は常に修行しているのはこのためです。

 

 

日本にもこういう部分は、持っていますね。

 

日本の御坊さん「BMW」に乗って家廻ってましたが